21世紀の仏教入門 第2章

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更新日 2010-07-26 | 作成日 2007-09-17

〈靖国〉が政治施設となるとき   

◇首相の公式参拝◇

 06年8月15日。この日〈靖国〉は「政治」になりました。
 靖国神社からA級戦犯の分祀について公言し、国立の慰霊施設を作るべしと主張する自民党の党首候補者がおり、「宗教法人を相手に、分祀をせよ政治が言うのは、政治の宗教に対する介入になる。神社が言わない限り出来ない。」と言いながら、「天皇が参拝するのが一番」と公言する人がいます。A級は悪くてB級はいいのか。〈戦犯=戦争犯罪〉ってなんだろうという議論もあっていいと思いますが、あんまり話題とはならないようです。 

「A級戦犯」というのは、太平洋戦争に敗北した日本の軍・政首脳を裁いた東京裁判で有罪とされた25人の戦争犯罪者を言います。侵略戦争を計画遂行し、平和を乱したという罪で裁かれたのですが、このうち7人は死刑を宣告され、46年12月23日に執行されました。今日、〈A級戦犯〉といっているのは、死刑になった7人を指しているのです。 
78年、靖国神社はこの〈A級戦犯〉を密かに合祀。最近、昭和天皇がこの合祀に不快感を示したという報道があり、〈靖国問題〉は波乱含みで展開しています。小泉首相が任期切れ間近の今夏、「心の問題」として「終戦記念日」に公式参拝に踏み切ったのは、「公約」の履行にこだわったという見方が一般的です。〈靖国参拝〉が首相の「公約」だというのですから、それは〈政治行動〉だったということを明言したと同じことです。 
〈靖国問題〉はこれまで、政治を離れた〈宗教〉の問題として論ぜられてきましたが、現実にはきわめて重要な政治的課題であったのです。小泉首相は、〈心の問題〉としてカモフラージュしながら、マスコミを引き連れ、21年ぶりの首相公式参拝をやってのけたというわけです。 

〈靖国〉は重要な政治課題だというのはどういうことでしょうか。それは、〈国家による戦争〉で死ぬという、人間の死のなかではきわめて特異な〈死〉を想定しているということです。ですから、靖国の合祀問題は、宗教法人「靖国神社」の宗教的な配意というより、創立以来抱え続けている靖国神社という施設の特徴です。 こうしてみれば、小泉首相の公式参拝は、「〈心の問題〉として〈個人的〉な参拝」だったのではなく、首相の参拝によって、靖国神社を「〈国家による戦争での公死者〉を祀る施設」として明確にするという、政治的な配慮であったといえるでしょう。
マスコミの報道も、街頭での声も、周辺諸国への配慮を問題にするだけで、〈宗教〉の視点からの意見は聞かれませんでした。民衆にとっても〈靖国〉は政治的意味合いでしか、考えられていないようです。平和憲法下60年、民主主義の基本的精神である「政教分離」の原則は、今、曲がり角に来ているようです。

◇「信教の自由」とは云いながら◇ 

 21世紀、国家と宗教はどのように関わり合っていくのでしょう。今日の世界情勢に〈宗教〉が深く関わっていることは誰でも知っていることです。〈無宗教〉を標榜する日本人でも、冠婚葬祭など日々の生活に宗教が深く関わっていることは、きっと理解できるでしょう。日本では、明治以来、〈宗教〉を「個々人の内心」というレベルでしか捉えてきませんでした。戦後の平和憲法下にあって、「信教の自由」は基本的な権利としてだれでも知っていますが、明治憲法でも、〈安寧秩序を妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ〉信教の自由を許していました。60年前まで、どんな僻村の学校にも「奉安殿」という〈宗教施設〉がありました。ここには天皇・皇后の写真と「教育勅語」が収められ、子どもたちには登下校のおり礼拝が強制されました。政府は、〈神社は宗教にあらず、国民道徳である〉として神社参拝を国民に強制しましたので、信教の自由はないのも同然のありさまでした。 
信教の自由は認めながら「神社」参拝は強制するという近代日本の宗教政策は、日本という国を西洋先進国から認めてもらおうという思惑から生まれたものです。明治開国のころ、西欧の国々を視察した福沢諭吉等は、「信教の自由」と「政教分離」が先進国の国家スタイルであることに気づいていました。しかし、明治の天皇主権国家は〈民主主義〉にはなじまないものでしたから、「宗教」は〈心の問題〉として、いちおう〈自由〉としておき、一方では〈国民道徳〉という名の〈宗教〉を「勅語」=〈現人神〉の〈垂示〉として国民に押しつけるという方法をとったのです。
宗教についての、このような二原則併存は、「真俗二諦」という日本の宗教社会の特性によって生み出されたものですが、このことは、次の機会に考えることにします。 それにしても、国家にとって〈宗教〉とはどのようなものなのでしょうか。

◇国家統治原理としての〈宗教〉◇ 


 毎年、正月になると、首相や閣僚、野党の党首などの大物政治家たちが伊勢神宮に行きます。こちらは、〈靖国〉のように〈戦死者〉を〈祭神〉としているわけではありませんから、穏やかなものです。でも、なぜ、政治家たちは伊勢神宮に行くのでしょうか。 伊勢神宮は数ある神社の中でも特別な意味を持つ神社であることはよく知られています。明治3年、明治政府は、天皇の名で神道国教化を推進する大教宣布の詔を発布、翌4年、伊勢神宮を頂点とした各地の神社の社格を決め、村々の神社を統合して神道による国民教化を図るという経緯を持ちます。戦後、GHQの指令によって〈国家神道〉は解体され、民主主義国家に衣替えしました。日本は世俗主義の国だと云われ、戦後、民主主義がいち早く定着したのはこの世俗主義が働いたからだという見方があります。しかし、この国を統治したいと考える政治家にとって、伊勢神宮は特別な宗教施設であるようです。7世紀の〈天武革命〉に際して創作された、万世一系の天皇制を支える「肇国の思想」は、21世紀の今日も国家統治の原理として機能し、「天照大神」は、今も〈国家最高神〉としての地位を失っていないようです。 

 国家指導者は〈自己の宗教〉とは別に、国家統一原理としての〈国家宗教〉に立ち続けてきているようです。有名な話しではキリスト教徒である大平正芳さんの伊勢参宮は話題になりました。ついでに云えば、佐藤栄作さん、竹下登さんも真宗門徒。〈神の国〉で一世を風靡した森喜朗さんは大谷派のご門徒です。社会党員で真宗門徒の村山さんも、首相になると伊勢神宮に参拝したことは、多くの民衆の記憶に止まっているでしょう。 
こうした宗教的二元主義とでも云える日本人の〈宗教観〉は、融通性に富んだ国民性を育てたと云われますが、一旦、ことが起これば〈非国民〉を弾劾する〈神国人〉に変わります。
 宗教が世界の混乱を引き起こしていると云われますが、宗教が〈国家意識〉に与える影響はずいぶん大きいように思われます。