現代宗教研究所

P5160515.JPG

現代宗教研究所設立の願い


21世紀を迎え、世界は混沌とした様相を示すようになった。20世紀の求めた多様な「世界観」はついに富裕と貧困を克服することができぬのみか、ますます格差を広げ、一方、成功したかに見えた資本主義経済は、それの持つ世俗主義によって人間社会に精神の空洞化を招いてきている。それによってか、今日の社会世相は、実に様々な宗教が誕生し、伝統的な体質とぶつかり合ってトラブルを引き起こしている。
 20世紀の終わりに近い頃から顕著になってきたファンダメンタリズム(原理主義)は、こうした社会の動きと無縁ではないと思われる。2001年9月11日、ニューヨークのワールドトレードセンターなど、アメリカ権力の象徴的施設をねらったテロは、世俗主義にどっぷり浸かり込んでいた私たちを、言いしれぬ恐怖感に落とし込んだ。実のところ、日本では1995年3月20日、東京の地下鉄で引き起こされたオウム真理教徒による大量殺人事件によって経験していたことなのだが、この事件は日本人が日本の国内で起こしたことから、ロシアなど一部の外国での布教活動が摘発されたものの国際問題とはならず、教祖の〈異常性〉だけがクローズアップされ、当事者達の事として矮小化され、事件の背景など、現代社会の抱えている闇を問うことことなしに、裁判の長期化だけが憂えられるというお粗末な経過の中にある。とはいえ、宗教団体が引き起こした凶悪犯罪が、私たちに言いしれぬ不安をかき立てた未曾有の事件として記憶に残るだろう。
 「貧富なき平等社会」を求めた「社会主義」の実験に失敗した20世紀。その後に残ったアメリカの〈ヒューマニズム社会〉が、軍事力という暴力機能を守護神としなければ保てない社会である事と共に、いつでも、〈神よ!〉という絶望からの祈りを発し続けなければならないのはなぜなのだろう。それは、20世紀における〈人間〉の実験が、ことごとく失敗に帰したということだろうか。私たちは、今、更めて〈宗教〉を問わなければならない時に逢着していると思われる。
 21世紀の社会は宗教をはずして考えることができない。ここに、現代宗教研究所設立のねがいがある。

研究所開設要項

研究所の使命


今日、宗教は時代を読み解く重要な〈キィ・ワード〉である。
 人間は、いつの時代でも〈宗教〉を求め、それによってより深い精神性を獲得してきた。それは現代においても変わりはないだろう。だが、様々な調査によると、現代の日本人は宗教について無関心であると言われている。その一方、実に様々な宗教団体があり、それに関わる人々の数は膨大な数に上るとされる。そうした中から〈宗教被害〉とでも言えるような問題も浮上し、マスコミを通して〈宗教〉の胡散臭さだけが喧伝されて、宗教は不気味なものとして裏社会に追いやられようとしている。
 私たちは宗教を〈現代〉の視点で捉えるという営みに熱心ではなかった。宗教は〈歴史的〉な考察の対象にとどめられる一方で、現実の〈宗教問題〉は、現代社会を生きる人間の思念と切り離して、単なる〈社会現象〉として捉えられて来たように思われる。
 現代宗教研究所は、こうした今日的問題を踏まえながら、 宗教が人間性の喪失と社会の非人間化の原理とならぬよう、〈現代〉の〈宗教〉について課題を掘り起こし、実証的かつ批判的に問題を検証し、その内容を公開して、多くの方々と課題を共有する機関としたい。

夜と霧(新版)

夜と霧 新版

shoah ショア

ショア

戦争の世紀を超えて—その場所で語られるべき戦争の記憶がある  森 達也×姜 尚中

戦争の世紀を超えて—その場所で語られるべき戦争の記憶がある

歴史/修正主義 (思考のフロンティア)  高橋 哲哉

歴史/修正主義 (思考のフロンティア)